発言録(2)へ
石原慎太郎氏の核兵器に関する発言録(1)
▽「外交のスティタスを決めるのは軍事力」
「我々はその対決の中で軍備を背景に自国の利益を守るという訳にはいかない。その能力はない。あくまでも平和裡に、つまり、外交交渉によってそれを有利に解決しなくてはならぬ。しかしその際、その外交交渉におけるスティタスの高さを決めるものは、遺憾ながら古今東西、そして将来も、軍事力でしかなく、より具体的にいって、宮沢喜一氏がかつて『季刊芸術』の江藤淳氏との対談で暗示していたように、核保有非核保有というスティタスに他なるまい。」
(「非核の神話は消えた」(雑誌「諸君」昭和45=1990年10月号)

▽「国際外交は核の琴線上にあるのだ」

「我々はその引き金を引くために核を持つのでは決してない。しかし、核は引き金を引く以外に使われ得るし、実際に使われて来た。イギリスのスエズ侵入を挫折せしめたものは、ソヴィエトの核の恫喝であり、キューバ危機を救ったのは、ケネディの核戦争も辞さぬという意志表示だった。
 現実の国際外交の最重要な要件は、いつも、そうした核の微妙な性格の琴線の上にかかってあるのだ」
(「非核の神話は消えた」(雑誌「諸君」昭和45=1990年10月号)

▽東京湾に原発つくっていい

「完璧な管理がおこなわれるのであれば、東京湾に立派な原子力発電をつくってもいい。日本にはそれだけの管理能力と技術がある」(2000年4月 日本原子力産業会議年次大会)

▽私が民営化された郵政会社社長なら、資金を核開発に回しますな

「私が民営化された郵政会社の社長だったら、うまく政府に根回しして核開発にでも資金を回しますな。核まで行かなくても日本独自の軍事プロジェクトや航空機開発計画を立ち上げて米国に吠え面をかかせてやればいい」。(「文藝春秋」2006年2月特別号)
▽日本の核戦略を考え直す時

「隣接する中国が、ソヴィエトに対抗して独自の共産主義的世界戦略に意欲を見せ、その推進のバックアップとして核兵器を開発し、英仏をしのぐ核保有国となりつつある現在、他人に指されて教えられるまでもなく、我々は、ここで改めて、我々自身のイニシャチブにおける日本の核戦略について考え直す時期に来ているのではないか。」
(「非核の神話は消えた」(雑誌「諸君」昭和45=1970年10月号

▽当然、核保有を含めて考えるべきだ」

「それは当然、日本の核保有を含めて考えられなくてはなるまい。現在いかに、つくらず、持たず、持ち込ませず、という下手な語呂合わせのような核兵器に関する三原則があろうとも、我々は、可にしろ否にしろ、この問題に正面から取り組む努力を避けて通る訳にはいかない。」
(「非核の神話は消えた」(雑誌「諸君」昭和45=1970年10月号

▽「緊急の際のために、自らの核兵器を」

「国際関係の現状で、沖縄の戦術核までをとり払えと主張した日本の、将来核を『持ち込ませ』なくてはならぬケースの危険度認知が奈辺にあるかは想像できないが、いずれにしても、持ち込みのオプションは我々にあるのだ。
 が、緊急の際、日本人の核心理に最低限許容され得る筈のABMが、その機能からしてアメリカにおいても予算が削減され,ABMはその防御能力に疑念があり、抑止力たり得ないという結論をアメリカ自身が下した現在、我々は緊急の際のために残された他の方法で自らのことを考え直さなくてはなるまい。残された方法とは、我々が自らの核兵器を持つという、現況では神格化されたタブーの破壊である。しかし少なくとも、その可否を論じることを避けることは、周囲の諸情勢が許さなくなっている。」
(「非核の神話は消えた」(雑誌「諸君」
昭和45=1970年10月号)
▽(核が)なけりゃ日本外交は貧弱になる」

「それが(核が)なけりゃ、日本の外交はいよいよ貧弱なものになってね。発言権はなくなる」、「だから、一発だけ(核兵器を)持ってたっていい。日本人が何するかわからんという不安感があれば、世界は日本のいい分を聞くと思いますよ」
       (「朝日新聞」1971年7月19日付)

▽「核搭載は原潜に、焦土化しても報復できる」

「日本の核保有が可とされた場合、軍事的にということは即ち外交的に最も有効な形は、相手からの先制攻撃を受けにくく且つ最も生存性の高い高性能の原子力潜水艦に搭載した核兵器となるだろう。
 他の核技術開発によって、核兵器の潜水化が世界的傾向となってきた今日、マーブ(注:多核弾頭)を搭載した数隻の潜水艦が、たとい日本が焦土化しても、その報復に相手へ甚大な被害を与え得、それに誘発されてアメリカの核戦略が日本の報復に相手を潰滅させる攻撃を加え得る、というポテンシャリティ(注:可能性)が、実は最小限の投資で、日本自身を核の四方四すくみの手詰りの中に加え、向こう将来、国家の健全な維持を保障する術になり得るのではないか。」
(「非核の神話は消えた」(雑誌「諸君」昭和45=1990年10月号)

▽石原都知事と田母神俊雄元空幕長のTOKYOMXテレビ対談(一月十七日放送)
 田母神氏は、ドイツ、イタリアなどの五カ国はアメリカと核兵器を使う条約を結び(ニュークリア・シェアリングシステム)NATOの枠組みのなかで五カ国の兵隊はアメリカの核兵器を使って日常的に訓練している。これらの国がロシアとか核保有国から核の恫喝を受けた場合には(核の)一定量をドイツやイタリアなどに引き渡し、アメリカが発射権限を渡すという条約になっている。日本は非核三原則を廃棄し、日本もアメリカの核兵器を使用できる「ニユークリアシェアリング」をやるべきだと主張。石原氏は「それは大事だ、私も参院議員のときに非核三原則は阿呆陀羅経だといったことがある」などと賛意を表明しました。
 しかし、田母神氏が例にあげたドイツなどでは、ワイゼッカー元大統領らの有力政治家が「核兵器のない世界に向けてドイツの見解」を発表するなど「核兵器廃絶」を求める大きな動きが広がっているのが現実です。
New▽また「日本核保有」に言及 07.5.18
 
 
石原都知事は、5月17日訪米中のニューヨークで講演。アメリカが尖閣列島や台湾有事の時に日本を守ってくれるとは思えない、と述べた上で「米国が日本を守らないなら、日本は自分で自分を守る努力をする。これは米国が懸念する核保有につながるかもしれない」と言及した。

▽非核三原則は阿呆陀羅経

 「非核三原則は、ただの語呂合わせで、『まるでアホダラ教みたいなものだ』と、佐藤総理の頃に予算委員会の代表質問で発言したことがあった。佐藤さんには、『アホダラ教とはなんだ。それが嫌なら自民党を辞めてくれ』と言われたものですが、論理的には筋が通らない話です」
(「それでも『NO』と言える日本」1990年5月30日、光文社)

「▽(沖縄の)核抜きの返還というのは余計なこと」

「沖縄の返還に関して政府が国民の意向を気にしながらしきりにいっている本土並の核抜きの返還というのは余計なことで、当時からしきりにいわれ出した『作らず、持たず、持ち込ませず』という非核三原則なるものは国家の安全保持のためには矛盾しているというよりない。」
(「国家なる幻影」
1999年1月30日、文藝春秋社)

▽「核持ち込みを顕在化せよ」

「核兵器を作れはしても作らない、とにかく持たない、というなら、せっかく安保条約を結んでアメリカの核にこの身の安全をゆだねているのだから、相手が戦略あるいは戦術的理由で日本へ核を持ち込むことを、たとえ相手が嫌がっても顕在化、明確化させることで抑止力の効用をより発揮させるべきではないのか」
(「国家なる幻影」1999年1月30日、兜カ藝春秋)